第十一話:再びたけちゃんさんの場合。
12月から2月までの間、僕の釣りは冬眠する。 冬眠といっても完全に寝ているわけでない。 というより、寝ていられない、と言ったほうが正しいか。 毎年この時期になると、釣りのビデオを買いあさり始める。 結果、今僕のビデオデッキのわきにはそれの山。 もちろん”まちがいだらけ・・・”をはじめとして。 そしてそこから紹介された新しい仕掛け、新しいルアー、ワームを3月に試し、4月より本格的に動き出すのが僕の活動パターン。 新しいものといっても、実際には2年前に売り出されたビデオを買うこともあるので、周りよりは少し流行に遅れているだろう。 年間通して行くフィールドの2/3は河口湖。 理由は”富士山が好きだから”。 ただそれだけ。 1月の大寒前後から湖面は氷に覆われる。 氷はその年により性格を変える。 うすーい一層の氷、シャーベット状の氷。 目撃者の話によれば、今年はスケートをしていた者がいたという。 この時ばかりはさすがに釣りは出来ないのでインターネットホームページのチェックは欠かせない。 画面に映し出される氷点下の世界は、見るものを身震いさせるのに十分な映像である。 そして2月下旬、一行の文章が。 ”河口湖の氷はすべて溶けました。” 3月4日日曜日、午前6時。 僕にとって”初釣り"である。 約3ヶ月ぶりの河口湖は低気圧に覆われ、冷たい雨と肌を刺す風が僕の訪れを歓迎してくれた。 富士山を拝むことは出来なかったが、まぁよしとする。 場所は溶岩帯。 とりあえず、といったところで浅い所から投げ始めた。 ノーシンカーワームで底のズル引き。 これが大当たり(と言ってよいものか、皆様の判断に任せます。)。 一箇所で10分毎に来るアタリは、僕にとって予想外のものだった。 このワームは初めて使う新種(僕にとって)で、フォーリングやトゥウィッチングの動き方を簡単に確認するという、軽い気持ちで放ったものだった。 根がかりも考えたが、何度竿の穂先を見てもクンクンクンと引いている。 少なくとも、糸の先に魚がついていることは見てとれる。 だけど、釣れなーい・・・ 全てバラシてしまうのだ。 僕の知っている限りのアワセ方は全て試みたが、フッキングがなぜか出来ない。 そこで針も変えてみる。 形、大きさ、あれこれ変えてみた。 やはりアタリが来て、竿が震える。 でもバレる。 20メートルほど先でフットエレキを操作しながら、魚探とにらめっこをしているボーター(ボートで釣りをする人のこと。僕が勝手にそう呼んでいる)がフヨフヨしている。 彼を見つめながらずっと考えた。 この時が一番楽しい。 河口湖大橋の向こう側は霧の世界。 ふと気がつくと周りで釣りをしているのは、僕を除けばボーターだけ。 パラパラと続く威勢の良い雨音以外、音はない。 やはりこんな天気の下で釣りをする人はあまりいないようである。 タバコを2本吸う位の時間はあっただろうか。 考え練ったアワセをイメージした。 素振りで練習した後、気合を入れてキャスト。 3投目にしてアタリ。落ち着いて練習通りにアワセる。 しなる竿と糸伝いに来るあのブルブルが続き、今度はバレる様子がなさそうだ。 ”よっしゃぁ!!” 心の中でガッツポーズと一緒に雄叫び。(気持ちわかる人多いハズ・・・) あとは引き上げるだけ、と、とりあえずファイトを楽しみ、しばらくすると魚の白い影が浮かび上がってきた。 魚体は妙に細長く、脇腹にはきれいなピンク色の帯が見える。 ”ん?バスにピンク色した部分があったか?” それは35センチ位のニジマスだった。 ”これまでの仕業は全部貴様だったのかぁ?!” ま、外道でも魚は魚。楽しいファイトだったし。 魚体を拝もうと抜き上げようとした瞬間、 体中の力が抜け、雨でぬれた溶岩に両膝をつくように崩れた。 ニジマス君、ありがとう。 時計を見るともう午前9時前。 3時間弱竿を振り続けた。 正確には数えなかったが、アタリ総数約15回。 僕の手の中に残ったものは、雨で湿った硬く冷たい使い捨てカイロが両手に2つ。 かじかむ手にムチ打ち、冷えた体は温泉へと車を走らせた。 こうして冷たく熱い、そして楽しくて悲しい21世紀の初釣りは3時間で幕を閉じた。 今年も良い釣りが出来ますように。 |